This Can't Be Love verse付き
- 作曲: RODGERS RICHARD

This Can't Be Love verse付き - 楽譜サンプル
This Can't Be Love verse付き|楽曲の特徴と歴史
基本情報
This Can't Be Loveは、作曲家Richard Rodgersと作詞家Lorenz Hartによる楽曲で、1938年のブロードウェイ・ミュージカル『The Boys from Syracuse』で初演されたショー・チューン。今日ではジャズ・スタンダードとして広く演奏される。タイトルにある「verse付き」は、コーラス(リフレイン)に入る前の語り口調の前歌=ヴァースを含む版を指す。ヴァースは物語的文脈や感情の前置きを担い、歌詞のオチを際立たせるために重要だが、ジャズ現場ではしばしば省略されるため、付いていること自体が演奏上の特徴となる。
音楽的特徴と演奏スタイル
本曲は快活なスウィング感で取り上げられることが多く、明るいトーンと軽やかなフレーズが魅力。一般的なソング・フォーム(32小節)で構成される版が広く流通し、メロディは跳躍と順次進行がバランス良く交差する。和声は機能的で、循環進行やセカンダリードミナントを用いたスムーズな転回が即興の足場となる。ヴァースはテンポを落として語るように始め、リフレインでスイングへ移行する処理が典型的。歌唱では言葉の切れ味とアイロニーの表現、器楽ではシンコペーションを効かせたシンプルなテーマ提示とリズム・セクションの推進力が鍵となる。
歴史的背景
『The Boys from Syracuse』はシェイクスピア『間違いの喜劇』を下敷きにしたミュージカル。ロジャース&ハート期の円熟を示す作品群の一角で、本曲は同時代の恋愛観や都会的ウィットを反映する。歌詞は「恋に落ちているとは思えない」という逆説で始まり、通俗的な“恋の症状”を否定することで、むしろ健やかな愛のリアリティを浮かび上がらせる構造になっている。ブロードウェイ初演後、スウィング期からポップ/ジャズのレパートリーへと広がり、戦後はクラブやレコーディングで定番化。グレイト・アメリカン・ソングブックの中でも親しみやすい一曲として定着した。
有名な演奏・録音
ヴォーカルではエラ・フィッツジェラルドが『Ella Fitzgerald Sings the Rodgers & Hart Song Book』(1956)で端正かつスウィンギーに録音し、スタンダードとしての地位を後押しした。器楽面でもビバップ以降のコンボからピアノ・トリオ、ビッグバンドまで幅広く取り上げられ、テンポやキーは編成と歌手に合わせ柔軟に運用される。他の代表的録音の詳細は情報不明だが、ロジャース&ハート作品集を掲げる多くのアーティストがレパートリーに含める傾向がある。
現代における評価と影響
現在もジャズ・クラブや音大のアンサンブルで頻繁に演奏され、歌詞の知性と旋律の覚えやすさ、アドリブへの開放度という三拍子が評価される。ヴァースを含むか否かの判断は、ステージの文脈や演者の美学を示す選択として機能し、物語性を重んじる公演では採用されやすい。教材・譜集への収録も多く、若手がスタンダードの慣用句やスウィングの呼吸を学ぶうえで格好の素材。編曲の自由度が高く、デュオから大編成まで対応可能なのも長寿命の理由である。
まとめ
This Can't Be Loveは、ブロードウェイ生まれの洗練とジャズの躍動が出会う一曲。ヴァース付きの版は物語性やアイロニーを前面化し、リフレインのみの演奏とは異なる味わいを生む。シンプルな機能和声と軽快なメロディは、歌唱・器楽を問わず表現の幅を許容し、現代でもセットリストを明るく引き締める。歴史的背景と歌詞の主題を踏まえつつ、場面に応じてヴァースの有無を選ぶことで、この名曲の魅力を最大化できるだろう。