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Saint James Infirmary

  • 作曲: TRADITIONAL
#スタンダードジャズ
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Saint James Infirmary - 楽譜サンプル

Saint James Infirmary|楽曲の特徴と歴史

基本情報

Saint James Infirmary(別名: St. James Infirmary Blues)は、作曲者不詳のトラディショナルとして伝わるジャズ/ブルースのスタンダード。多くの歌詞版が存在し、主人公が病院で恋人の死と向き合う物語が一般的な主題だが、定本は存在せず作詞者も情報不明。形式面では12小節ではなく、8小節系のマイナー・ブルースとして認知されることが多い。キーやテンポ、間奏の有無、語り(パター)を挟むかなど、版ごとの差異が大きいのが特徴である。

音楽的特徴と演奏スタイル

本曲は哀歌的な旋律と下降するベース感を伴う和声進行が核となり、マイナー調の叙情とブルーノートが濃厚に表れる。前奏で自由なルバートを置き、その後に8小節の骨格へ収斂するアレンジがよく見られる。テンポはスローからミディアムまで幅広く、ニューオーリンズの葬送行進曲を想起させる重心の低いグルーヴから、スウィングへと推進する解釈まで多彩。管のミュート奏法やコール&レスポンス、ヴォーカルとソロの対話、間を活かしたブレイクなど、語り口の巧拙が表現を左右する。アドリブではマイナー・ブルースの語彙を軸に、旋律主題の動機展開が好まれる。

歴史的背景

本曲の源流は英国・アイルランド系のバラッド「The Unfortunate Rake/St. James Hospital」に遡るとされ、19〜20世紀初頭にアメリカでブルース的語法を獲得、ジャズのレパートリーへ定着した。ニューオーリンズからシカゴへ至るジャズ史の流れの中で、葬送文化や酒場文化と結びつき、物語性の強い歌として演じられていった。出版年や初出の決定的資料は情報不明だが、20年代末以降の録音普及が拡散を後押しした。

有名な演奏・録音

ルイ・アームストロングの1928年録音は本曲の代表的名演として広く知られ、ジャズ・スタンダード化を決定づけた。キャブ・キャロウェイの歌唱は1930年代に人気を博し、短編アニメ『Betty Boop: Snow-White』(1933)でも楽曲が印象的に用いられた。その後もニューオーリンズ勢やスウィング〜モダンの多くが取り上げ、Preservation Hall Jazz Bandなど伝統系のバンドが現在まで継承。ロックやポップス側でもカバーが重ねられ、ジャンル横断的なスタンダードとして生き続けている。

現代における評価と影響

Saint James Infirmaryは、短い形式ながら深いドラマを内包する教材曲として教育現場やジャムでも頻出し、マイナー・ブルースの表現法を学ぶ格好の題材となっている。映画・ドラマ・ドキュメンタリーでは、死・別離・宿命といったトーンを喚起する場面で使われることが多く、時代感やノワールな空気を素早く提示できる点が重宝される。録音技法や編曲の自由度が高く、歌もの/器楽どちらでも成立する柔軟性が、長期的な評価の源泉となっている。

まとめ

伝承曲に端を発し、ジャズ/ブルース双方の血脈を受け継いだSaint James Infirmaryは、簡潔な8小節構造の中に、哀切と語りの力を封じ込めた稀有なスタンダードである。決定版がないからこそ、歌い手と奏者の解釈が作品そのものを更新し続け、世代やジャンルを越えて新たな名演を生み出し続けている。