Bury Me Not On The Lone Prairie (淋しい草原に埋めてくれるな)(駅馬車)
- 作曲: TRADITIONAL

Bury Me Not On The Lone Prairie (淋しい草原に埋めてくれるな)(駅馬車) - 楽譜サンプル
Bury Me Not On The Lone Prairie (淋しい草原に埋めてくれるな)(駅馬車)|歌詞の意味と歴史
基本情報
Bury Me Not On The Lone Prairie(邦題:淋しい草原に埋めてくれるな)は、アメリカの伝承カウボーイ・バラッド。作曲者はTRADITIONAL(伝承)で、特定の作詞者は情報不明。19~20世紀にかけて米国西部で広く歌われ、のちのカントリー/ウェスタンの基層をなす代表曲の一つとして知られる。日本では西部劇の情景と強く結びついて受容され、映画『駅馬車』との関連でもしばしば言及される。旋律は覚えやすく素朴で、弾き語りや合唱など多様な形で歌われてきた。
歌詞のテーマと意味
歌詞は、孤独な草原で最期を迎えた若者が「淋しい草原に自分を葬らないでほしい」と訴える哀切の物語。埋葬の場所は故郷の近く、家族のそば、あるいは人の気配がある場所を望むという趣旨が繰り返され、死の恐れよりも“忘れ去られること”への不安が核となる。草原の風、夕焼け、遠くの群れや鐘の音といったイメージが、無人の大地に取り残される感覚を映し出す。地域や歌い手によって歌詞の細部や順序は異なるが、孤独・望郷・埋葬の願いという主題は一貫している。なお、ここでは歌詞の全文は扱わない。
歴史的背景
起源は19世紀の詩歌「The Ocean Burial」に遡るとされ、海での埋葬を嘆く物語が、アメリカ西部へと伝わる過程で草原の埋葬譚へと転用・変容した。牛追いや放浪の労働に従事した人々の間で口承され、やがてバラッド集の編纂によって文字化・定着が進む。20世紀初頭には民俗音楽の収集運動により各地の歌詞・旋律の異同が記録され、広範に知られるようになった。印刷物や唄本、レコードの普及も相まって、同曲は西部を象徴するスタンダードとして定位置を確保する。
有名な演奏・映画での使用
本曲は数多くのフォーク/カントリー歌手により録音され、とりわけJohnny Cashによる1960年代の録音は広く参照される代表例である。映画では、『駅馬車』(1939年、ジョン・フォード監督)の文脈で取り上げられる伝承曲のひとつとして知られ、同作をはじめ西部劇でのサウンドスケープ形成に大きな役割を果たしてきた。劇伴や挿入歌として直接引用される場合もあれば、主題連想(孤独な草原、死と埋葬)を喚起する選曲として扱われる場合もある。
現代における評価と影響
「淋しい草原に埋めてくれるな」は、単なる古い民謡を超え、アメリカ西部像を形づくる音の記号として生き続けている。学校やワークショップでの合唱、アコースティック・セッション、映画・テレビの引用など、用途は幅広い。歌詞の可塑性ゆえに新しい解釈や編曲が生まれ続け、オルタナ・カントリーやアメリカーナの文脈でも頻繁に再発見される。今日ではアーカイブ資料や研究書においても重要曲として位置づけられ、民俗音楽と大衆文化の交差点を示す好例とされる。
まとめ
本曲は、死と孤独、そして故郷への希求という普遍的な主題を、簡潔で記憶に残る旋律にのせて伝える伝承バラッドである。『駅馬車』を含む西部劇文化との結びつきにより、草原の情景を象徴する決定的な音像として定着した。出自や歌詞の異同に関して不明点は残るものの、その曖昧さこそが多様な解釈と歌い継ぎを可能にし、現代でもなお新鮮な響きを保ち続けている。