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Ill Wind
- 作曲: ARLEN HAROLD,KOEHLER TED

Ill Wind - 楽譜サンプル
Ill Wind|楽曲の特徴と歴史
基本情報
Harold Arlen作曲、Ted Koehler作詞による『Ill Wind(You're Blowin' Me No Good)』は、1934年のレビュー「Cotton Club Parade」でアデレード・ホールが初演したバラード。都会的な感性とブルースの語法が交差するこの曲は、のちにアメリカン・ソングブックを代表するジャズ・スタンダードとして広く演奏され、ボーカル/器楽の双方で定番レパートリーとなった。
音楽的特徴と演奏スタイル
構成は典型的な32小節のAABA形式。短調寄りの陰影、半音階的なライン、ブルース由来の抑揚が特徴で、風を不運の象徴として描く歌詞の情感を支える。ヴァースをルバートで語るように導入し、スロー・スイングへ移る解釈が一般的。テンポはミディアム以下が好まれ、リハーモナイズや転調にも応答する和声設計により、ボーカルの間合い作りやサックスのロングトーン表現など、多彩なアプローチを許容する。
歴史的背景
アーレンとコーラーはコットン・クラブのレビューで数多くの名曲を生み、本曲もその黄金期に書かれた。世界恐慌後の不安と都会の憂愁をまとったムードは、ハーレム・ルネサンスの洗練と相まって観客の心をつかみ、劇場音楽からジャズの定番へと橋渡しする役割を果たした。舞台由来のキャバレー的ニュアンスと、モダン・ジャズへ接続する和声感が共存している点が歴史的にも重要である。
有名な演奏・録音
初演のアデレード・ホール以降、多くの歌手・ジャズメンが名演を残した。とりわけ、エラ・フィッツジェラルドは『Harold Arlen Song Book』(1961)で艶やかなレガートと明晰な発音による解釈を示し、フランク・シナトラは『In the Wee Small Hours』(1955)で内省的なムードを極めたバラードとして聴かせる。以後もピアノ・トリオやサックスのバラード・ナンバーとして継続的に録音が重ねられている。
現代における評価と影響
『Ill Wind』は今日もステージや教育現場で扱われ、AABA形式の運びや半音階的メロディの処理、歌詞とフレージングの整合など、実践的教材として価値が高い。比喩に富むテキストが解釈の幅を広げ、ヴォーカルは間合いとダイナミクス、器楽は音色とサステインで情感を描く指針となる。再発や配信で名演に触れやすくなり、アーレンの作曲術の普遍性が再評価され続けている。
まとめ
陰影豊かなハーモニーと心に残る旋律、そして「不運の風」をめぐる象徴的な詩が融合した本曲は、アメリカン・ソングブックの精髄を体現する一篇である。初学者はゆったりしたテンポで構造と語りを確認し、熟達者はリハーモナイズやルバートの配分で個性を磨くとよい。舞台発の洗練とジャズの自由度が結びついた名曲として、今なお演奏価値は揺るがない。